もうあの頃に戻ることはない
水の城に行かなければならないから
季節をかさねて
目はかすみ
腰は折れ曲がり
甘い菓子を食べるのが
唯一の楽しみになった
どれだけ月日を越えてきたのだろう
疲れはてた老人は
一枚のハガキを握りしめた
「これが最後の旅です
水の城におこし下さい」
体の奥の熾火が消えないうちに
出発しなければならない
水の城ははるかかなたにある
悪夢の荒野を横切り
風葬の丘を通りすぎ
幻しの死者と向きあう
生きるということは
おびただしい死を通過することなのだ
やがて
かぐわしい香りが流れてきて
私の目的地はすぐそこにあらわれる