Sweet Rain

日々のあれこれ、たまに詩

ブログ6周年 まだまだ続けるつもりです

今日はブログを始めて、7年目にはいる日。

コロナ禍で外出することが減り、マンネリ感がひどくなってきたので、どうしようかと思っていたのだが、今年はできるだけ外に出るつもりなので、新しい話題を提供できるのではないか考えている。今のところ、私の存在しているのはここぐらいしかないし。年齢のこともあるし、どうなるかはわからないけど、期待せずに読んでいただければありがたいと思います。

というわけで、これからもよろしくお願いします。

 

また再びの雪、奴隷労働に励む

先週、排雪が入り、家の前がすっきりしたのもつかの間、昨日から雪が降り続き、あっという間にいつもの冬景色に戻ってしまった。

家の前の道路もこんな感じ。元の木阿弥とはこういうことか。

しょうがないので、底辺労働者の苦力(クーリー)になり、除雪に励む。

対価のない労働はつらい。気温が低いので、雪が軽いのが唯一の救い。しかし、大雪はこれで最後にしてほしいものだ。

夜は肉を食べて、赤ワインでも飲むつもり。これぐらいのごほうびはあってもいいよね。

 

今年の排雪作業はグッドタイミング

数日前から、どこからか重機の音が聞こえていて、どうやらうちの町内会でも排雪作業が始まったようだった。ちょうど昨日、一昨日と北海道ではありえない気温10度の日が続き、家の前の細い雪道はざくざくで、とまった車はスタックして脱出できなくなるような状態だった。

昨日の夜9時過ぎにブルの音がして、どうやら表面のとけた雪は削ってくれたようで、車はどうにか通れるようになった。

そして、今朝9時過ぎに本格的な排雪が始まった。

いつ見ても、ぎりぎりのところを削っていく運転手の技術はすごい。運転手さん、毎年ありがとうございます。

終わったあとがこちら。道が広くなってすっきりした。

今年は雪どけ道が最悪の状態になる直前の排雪で、タイミングは最高だった。

あとはこれから大雪が降らないことを祈るしかないが、冬が終わるまで、まだ一カ月以上もあるんだよなあ。まあ、なるようにしかならないけどね。

 

今年の節分は、世界の平穏を祈って豆をまいた

今日は節分。いつもなら、家内安全を願って豆をまくのだが、今年は正月から能登地震、羽田の航空機事故と不幸な出来事が続き、世界的な規模で過酷な状況がなくなりそうもないので、微力ながら人類の平穏を祈って豆をまくことにした。

といっても、小さな声で、鬼は外、福は内ととなえるだけだけど。

新型コロナがほぼ終わって、ひと段落着いたと思ったら、今度は大規模な自然災害が襲ってくる。一体、どうなっているのか。人類は本当に未曽有の危機に直面しているのかもしれない。

かといって、私のできることはほとんどない。せいぜい自然に負荷をかけないように生活するだけだ。

今年も残るところ11カ月。これ以上、大きな災害や事件が起こらないことを願って楽しく過ごしたいものだ。

結局、いつもどおりの冬が来た

昨年の異常に暑い夏を経験し、ほとんど雪のない正月を終えて、今年の冬は暖冬だし、雪かきもまねごとくらいでいいんじゃないか、と思っていたら、突然の手のひら返し。

一週間くらい前から、寒波襲来。あっというまに例年通りの冬景色になってしまった。

今日も朝から、1時間くらい雪かき。腰が重い。

家の周りはこんな感じ。

エアコンの室外機は雪に埋もれ、樹高3メートルを超すライラックも半分ほど雪の中だ。

明日も雪予報だし、どうにかしてほしいものだが、これも雪国に住んでいる宿命で、いかんともしがたい。やれやれ。

閑話休題

先日、ハルノ宵子「隆明だもの」読了。吉本隆明の老い(病い)との闘いはすさまじい。どこまでも思想的に孤独に対峙しようという姿は感動的でもある。しかし、この個性的な両親の下で、ハルノ宵子はよくやっているよなあ。私だったら、半年ももたずにつぶれてしまったような気がする。きっと吉本は彼女の存在によって、救われていたんじゃないのかなあ。

今頃は、奥さんとけんかしながら、四国八十八カ所歩いているのだろう。

私も四国の青い空の下を、ゆっくりと歩いてみたくなった。

再生(Reborn) 1

熱狂はすぎさった

たんたんと生きようとして

砂漠の道を歩きはじめた

 

青空がとても歪んでいて

 

(夢見るカラスはどこへ行ったのか)

 

仕切りなおそうとしても

体は弱ってゆくばかり

 

私は

長い旅の途中の

どこでおさまりをつければいいのだろう

 

悲惨な年明けと初詣

今日、近くの神社へ初詣にでかけた。

そこには例年と同じように、普通の初詣客の姿があった。

ただ、元日に能登半島を巨大地震が襲い、昨日は考えられない航空機事故が羽田で起きた。今年の日本はどうなってしまうのだろうと考えたのは私だけではないはずだ。

被災地では、絶望に立ち尽くしている人が大勢いると思う。

どうにかして、被災者の命が救われ、できるだけ早く、彼らが日常生活に戻れることを願っている。